今の私は27着の服と、必要最低限の持ち物だけで暮らしている。
「本当に必要なのはこれくらいで十分」と思えるようになったのは、ミニマリズムに出会い、身軽さの価値を実感してからだ。
けれど、公務員時代の私はまるで真逆の暮らしをしていた。
あの頃は、今よりも格段に多く、500個近いモノを抱えていたと思う。
生活の質を上げているつもりで、実際は身動きが取れなくなっていた。
公務員時代の持ち物の実態
まず、仕事用バックパック。
当時は Evoonのビジネスリュックを使っていたのだが、中には不要なモノが常に詰め込まれていた。

例えば「読まない本」。
いつか読もうと入れっぱなしにしていたが、結局開くことはほとんどなかった。
さらに「バックパック用の雨よけカバー」もずっと入れていた。
便利そうだと思って買ったが、実際に使った記憶は1回くらいだった。
服も今よりずっと多かった。
平日はスーツ生活だったので「仕事用はこれ」と決まっていたが、それでも持ちすぎていた。
- ユニクロのノンアイロンワイシャツ3枚
- スーツ2セット
- 靴下12組
- エアリズムのオーバーサイズTシャツ3枚
- インナー用Tシャツ3枚、ヒートテックTシャツ3枚
- ウルトラライトダウン
- コロンビアの3in1ジャケット(重すぎて後悔した一品)
- コート1着
- 運動用Tシャツ7枚
- 野球用品一式
休日の私服も含めれば、今の倍以上は持っていた。
選択肢が多いことで安心していたつもりだが、実際は「どれを残すか決められない」気持ちの裏返しだったように思う。
バックパック2つの無駄
当時の私はバックパックを2つ所有していた。
仕事用の Evoonのビジネスリュックと、プライベート用の コロンビアの30ℓバックパック。
今振り返ると、これは明らかな無駄だった。
出張や旅行のたびに「どっちのバックパックを使おうか」と悩み、結局どちらも中途半端に使っていた。
実際は仕事用のリュックひとつで十分だったのに、「場面によって変えるのが大人の嗜みだ」と思い込んでいたのだ。
家にあふれていたモノたち
部屋の中にもモノが多かった。
本は20冊近い漫画を含めてずらりと本棚に並んでいた。
読み返すこともないのに「所有している安心感」だけで置いていた。
ゲーム機やテレビもあった。
夜はテレビをつけっぱなしにして眠ったり、週末はAmazonプライムビデオに時間を溶かしたり。
今思えば、寂しさや疲れを紛らわすための道具になっていた。
毎日が「重かった」
当時を思い返すと、とにかく「重かった」。
荷物が重く、身につけているものが重く、生活そのものが重かった。
大きなバックパックを背負って自転車にをこぎ、足元は革靴で硬く、冬場は分厚いコートやジャケットで身動きが取りにくい。
帰宅しても部屋にはモノがあふれ、落ち着くどころか心まで散らかっていた。
余裕のなさが仕事にも影響
さらに公務員時代は、仕事とブログ運営を両立しようとして睡眠時間を削っていた。
1日5時間眠れればいい方で、常に頭がぼんやりしていた。
そんな状態で、持ち物を整理する余裕などあるはずがなかった。
まずは仕事で一人前になってから、そのあとでモノを整理しよう、と思っていた。
結果、公務員としての仕事の質は低下。
正直、当時の上司に申し訳なさを感じている。
もっと身軽に、もっと余裕を持って働けていれば、きっと違う結果を出せただろう。
ミニマル生活との違い
そして今。
27着にまで減らした服、必要最低限の持ち物だけで暮らすようになってから、毎日の感覚はまるで変わった。
- バッグは1つで十分
- 部屋に余白があると、気持ちまで落ち着く
- 身軽だと、外出や行動も自然と軽やかになる
公務員時代と今の暮らしを比べると、「モノの数」が違うだけでこんなにも精神状態が変わるのかと驚く。
まとめ:モノが多いと、人生まで重くなる
公務員時代の私は、500個のモノを抱え、日々を「重く」していた。
モノが多いことは安心でも豊かさでもなく、ただ心と体を鈍らせる原因だった。
一方で、ミニマル生活を始めてからは、行動も思考もシンプルになった。
モノを減らしたことは、自分を縛っていた「重り」を外すことに近い。
あの頃の自分に伝えたい。
「モノが多いことは豊かさじゃない。身軽さこそが、豊かさなんだ」と。
※ミニマリストになったきっかけや、生活を整える過程はnoteに綴っているので、ぜひご覧ください。


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